子育てブログ ~いろちゃんとあおくんの仲良し日記~

子育てブログです。日々勉強!!主に5歳の娘、2歳の息子について綴っていきます!

義父母と同居生活(;'∀') 下の子の里帰り出産

前回の2人目は早産になりやすい?の記事にも書きましたが、子宮頚管が短くなってしまったので旦那の実家に帰省して産むことになりました。

 

 

www.kosodate.online

 

【2人目は早産になりやすい?動きすぎて子宮頚管が短くなってしまいました!子宮頚管を長さを伸ばす方法】

https://blog.hatena.ne.jp/irotyanntoohana/irotyanntoohana.hatenablog.com/edit?entry=17391345971620511499

 

私の母は若くで他界してしまい、頼れるのが義母のみだったことが理由です。

そりゃあ意地悪でこわーい義母だったら帰省はせず、意地でも里帰りせずに出産していたと思いますw

 

私の義母は曲がったことは嫌いでさっぱりとした性格の人でした。

なので悪いことは悪い!とはっきり言います。最初はそういった正確というのが分からず接していたので、何気ない一言に傷ついたりしていました。

今では何を言われてもそういう人だから大丈夫!と割り切って接しています。

よくママ友にこの話をすると『よく義母の家に同居できるね!!私なら短い帰省でも無理だわ!』と言われます。

 

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一般的にはきっとそうですよね。

 

私ももちろん進んで里帰りをしたわけではありません。

上記にも書いた母が他界したという理由もありますが、他にも理由があります。

それはいろちゃん(上のお姉ちゃん)に寂しい思いをさせたくないからです。

 

子宮頚管が短くなり安静生活をすることになると、家事はもちろんいろちゃんのお世話も出来ません。外に連れて行って遊ばせることもできない。生まれてからもしばらくは家にこもっていないといけないので、このままだといろちゃんがかわいそう!と思ったことが一番の理由です。

 

そういう理由があっての里帰り出産でした。

子宮頚管が短くなり帰省することが決まって、4日ほどしての里帰り出産だったのでパパとの急なお別れが寂しかったです。

 

 

話が脱線してしまいました・・・

 

義父母と義姉との約3か月間の同居生活が始まりました。

 

義母は安静生活の私の身の回りのお世話といろちゃんの相手をしてくれてとてもありがたい存在でした。

何でもしてくれたので申し訳ない、何もできなくてごめんなさいといった思いがありました。

 

義母との同居は特に問題なく仲良くできたのですが・・・・

問題は義父と義姉でした。

 

義父はとにかく発言が気持ち悪くて生理的に受け付けませんでした。

例えば

お風呂上りに髪が濡れているのを見てニヤニヤしながら「髪の毛濡れてるねぇ・・・」と発言。

下の子を出産後、寝かしつけで授乳するから『すみません。出て行ってもらえますか?』と聞くと『大丈夫、見ないから』と言って出ていかなかったり。(この時は私の方が出て行ってリビングで授乳しました。)※上のお姉ちゃんの寝かしつけをすると言って出ていかなかったようです。

切り出したらたくさんあってキリがないのでここまでにしておきますww

 

義母もそのことを察知したのかリビングで授乳していたら『どうしたの?おとうさんがいるから寝かしつけ出来ないんでしょ?ごめんね。私が言うから!』と義父にやんわり伝えてくれました。

 

義姉は基本的に優しいのですが、怒りっぽい性格で気に入らないことがあると口調が強くなります。

私が眼鏡を探していると義姉がやってきて『どうしたの?』と聞いてきました。

『眼鏡がなくて探していました』というと一緒になって探してくれました。

しばらくして眼鏡がコタツの中に入ってたのが見つかりました。

『よかった。ありがとうございます!』と伝えると

『こんなところに眼鏡置いたらふまれちゃうよ!』と怒り気味で言われてしまいました。

もちろん眼鏡ケースに入れなかった私が悪いのですが、コタツの中に入れた覚えはありませんw

でも口答えをすると怒られそうだったので、「ごめんなさい」と謝りました。

その日の夜、義姉と義母の会話が聞こえてきました。

 

義姉『トンちゃん、眼鏡またなくしてたよ』

義母『よく無くすね!』

義姉『コタツの中に入ってたんだよ!踏んだらどうすんの!って感じ』

義母『あらぁ、そんなところで見つかったの!危ないね!』

 

このような会話だったと思います。

なんてことのない会話なのですが、義父母の家でアウェイ状態の私にはとてもこたえるものがありました。

暗い部屋で声を殺して泣いていたことを覚えています。

2人とも悪意はなかったと思います。眼鏡をなくしたのは私で悪いことも分かっています。

ただこのやるせない気持ちを誰にもぶつけられずに、一人で思い悩んでいました。

 

いろちゃんがとにかく楽しく過ごせていたことが一番の救いで子供たちのために頑張ろう!と思えました。

 

また次の問題が出てくるのは下の子(あおくん)が生まれてからです。

いろちゃんのときにも産後うつは経験しましたが、あおくんの時にも軽いうつ症状が現れました。

この記事はまた次回書きます!